木曽路物産の各事業の発展と関わり
木曽路物産は岐阜県恵那市という観光地の郷土料理の店として誕生。その後、国際社会・経済の変動を切り抜け、様々な変遷を経て、内モンゴルとの強い繋がりをもつ現在の事業形態となりました。
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年 | 木曽路物産の歴史 | 日本・中国(万佳食品)などの出来事 |
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1945年 | ・鹿野(社長)山形県に生まれる | |
1947年 | ・1947年内モンゴル成立 | |
1967年 | ・岐阜県恵那市に料理人として移り住む(料理人として恵那のレストランに来る) | |
1972年 |
・創業:恵那峡で郷土料理の店を開く(山菜おこわ、五平餅、巾着飯、蕎麦饅頭、栗きんとんなど) |
・日本と中国の国交回復 |
1975年 | ・木曽路物産株式会社、設立 | |
1978年 | ・ハワイに進出 | ・レジャーの多様化により、恵那峡を訪れる観光客が減少し始める |
1983年 | ・ロサンゼルス、ニューヨークへ進出 | |
1986年 | ・デンバー進出 | |
1988年 | ・鹿野社長、単身で内モンゴルウランホト視察。 | |
1990年 | ・バブル崩壊直後の頃、アメリカから撤退を決意。 ・ウランホトでの米栽培に着手 |
・中国改革解放が進む |
1992年 | ・完全無農薬・有機栽培の大豆・米を原料とした味噌・醤油製造を構想。 ・百貨店の催事事業で知り合った100人以上をつれて3回にわたる内モンゴル視察を行う。 |
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1993年 | ・アメリカからの完全撤退し、内モンゴルに集中する。 ・味噌づくりツアー行う。 |
・日本:冷夏による米騒動。共同出資会社「天外天」設立。 ・中小企業(米、味噌、醤油、納豆、豆腐、漬け物などの生産している老舗メーカー)が内モンゴル自治区に集団で進出(13社一口500万円) |
1994年 | ・もち米、日本に輸入 | ・中国内モンゴル自治区ウランホト市に万佳食品有限公司を設立(日中合弁会社)。 |
1995年 | ・日本:米の輸入禁止の法律廃止。 | |
1996年 | ・大手味噌業者「マルマン」が参加(14社となる)。技術指導を行う。 ・有機農法で栽培された米や大豆を使った味噌の本格的な製造販売スタート |
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1997年 |
・よい塩を探して内モンゴル中を走り回る。 |
・日本:塩専売制が廃止。 ・万佳:味噌の本格製造開始 |
1998年 | ・鹿野社長 シリンゴル高原で内モンゴル最大のトロナ鉱床の存在を知る。 ・内モンゴルでの植林活動サポートを開始。 |
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1999年 | ・地元ウランホトでの需要が高まり、醤油生産開始。(片山次郎東京農大講師・技術指導) | |
2000年 | ・万佳食品有機食品JAS認定取得。日本JONA年度審査通過。日本への輸出開始 | |
2002年 | ・「シリンゴル天然重曹」発売。 ・「天外天にがり」発売 |
・日本:塩販売完全自由化。 ・『魔法の粉ベーキングソーダ(重曹)335の使い方』(翻訳者岩尾 明子)がシャープの電子手帳のソフトとして取り上げられる |
2003年 | ・SARS世界的流行。 ・金鋒先生:乳酸菌研究に取り組み開始 |
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2004年 | ・「重曹生活のススメ」岩尾 明子 出版 | |
2005年 | ・「蒙古王かんすい」発売 | |
2006年 | ・万佳:EC、アメリカNOP有機食品認証取得 | |
2007年 | ・万佳:春万恵食品有限公司設立。醤油・豆醤工場(徹底した機械化を行う) ・日本:中国製冷凍ギョーザ事件で中国食品への不安が高まるが、万佳食品の取り引きに大きな影響はなし ・万佳富士レストラン有限公司設立 |
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2008年 | ・万佳:ウランホト工業園区に新工場建設。長春に2.6万トンの醤油を製造する中国最大規模の工場をオープン | |
2009年 | ・金鋒先生:『乳酸菌革命』出版 | |
2011年 | ・恵那峡の里 整備:無料公開。 ・「シリンゴル天然重曹」爆発的に売れる。 ・「シリンゴル乳酸菌」発売 |
・NHK「ナチュラル重曹生活」放送 重曹が大ブームとなる |
2012年 | ・金鋒先生:『NS乳酸菌が病気を防ぐ』出版 | |
2013年 | ・木曽路物産太陽光発電所「メガソーラえなきょう」を建設 | |
2014年 | ||
2015年 | ||
2016年 | ・木曽路物産物産株式会社と株式会社鹿野、合併。 | |
2017年 |